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「観測とは、自然現象を正確に記録すること」―記録を残し、歴史をつなぐ

全国でも珍しい、気象と科学をテーマにした博物館「広島市江波山(えばやま)気象館」。前回の日本気象協会 公式note「Harmonability style」では、展示や歴史、建物などをご紹介しました。後編となる今回は、館内の「お天気情報コーナー」を担当している気象予報士の田口良人さんと、広島市江波山気象館の主幹学芸員である脇阪伯史さんへのインタビューをお届けします。

広島市江波山気象館は、被爆建物でもある旧広島地方気象台の建物を保存・整備し、平成4年に開館した気象と科学をテーマにした博物館です。家族連れや団体のお客さまなど年間5~6万人が訪れ、気象や科学の奥深さに触れています。

広島市江波山気象館では、館内で気象観測を行い、その情報も参考にしながら広島市の天気予報を毎日発表しています。予報は、館内の「お天気情報コーナー」を担当している気象予報士が行っています。また、来館者の気象や科学に関する質問・相談にも回答しています。日本気象協会 中国支店から江波山気象館のサポートに入っている 、ベテラン気象予報士の田口良人さんにお話を伺いました。

来館者の「疑問」に答える

館内の「お天気情報コーナー」の「質問・相談カウンター」では、気象や科学はもちろん、理科に関する幅広いご質問をいただきます。今はインターネットで何でも調べることができる時代ですが、それでも「インターネットにはこう書いてあるけれど、自分はこう思う」という疑問や考えを持って、訪ねてきてくれる来館者さんが多くいらっしゃいます。
 
印象に残っているのは、小学5年生のお子さんから「アインシュタインの相対性理論について教えてください」という質問をいただいたことです。広島市江波山気象館の主幹学芸員の脇阪さんとも相談しながら、分かりやすく説明できるように工夫しました。「こんなことも聞かれるんだ!」と驚いた出来事でした。

天気予報のガイダンスとズレがないか、目視で空を観察

広島市江波山気象館で予報し、発表している「広島市の天気」。予報をするときは、データを大きく見ることと小さく見ること、を意識しています。朝はまず雲画像を見て、雨雲がどう流れてくるかを把握します。また天気予報のガイダンス※には必ずズレが出るので、屋上に上がって目視で空を観察することで、ガイダンスとのズレを確認したりもします。

※天気予報のガイダンスとは、数値予報の結果を予報要素へ翻訳し、統計的な補正を行う処理、およびその結果作成される予測資料のことです。

予報の発表前には、同じく気象予報士である脇阪さんと確認をしながら概況文を修正するなど、最終調整を行います。

天気予報は外れてもいい、ただし、必ず外れた理由を振り返る

座右の銘は「嘘をつかない、正直に」です。天気予報は根拠を持って発表していますが、それでも100%当たるものではないので、外れることがあります。天気予報は外れてもいい、と思っています。ただし、外れたときには必ず振り返りをするようにしています。自分で分析するだけでは見落としている理由があるかもしれないので、脇阪さんとも話をしながら振り返りをしています。
 
家族からは、天気予報が外れてしまったときは「気象予報士じゃなくて、気象“誤報”士だ」とからかわれることがあります(笑)。家族から天気のことを聞かれるときに限って、なぜか予報が難しい場合が多いです…。

予報には根拠がある

「なぜこの天気予報なの?」という問い合わせを受けることも多くあります。天気予報は、必ず根拠を持って発表をしています。データに忠実に予報をすることが一番大切だと考えています。
また、過去の記録を残すことも大切にしています。広島では「平成26年8月豪雨」や「平成30年7月豪雨」で甚大な被害が発生しました。当時の気象状況を解析した資料や、新聞のスクラップ記事を整理するなどして取りまとめをしています。資料は「お天気情報コーナー」で閲覧できるよう公開しています。

続いて、広島市江波山気象館の主幹学芸員で、気象予報士でもある脇阪伯史さんにお話を伺いました。

夏休みの自由研究の相談を受けることも

広島市江波山気象館へは、お子さまからシニアの方まで年間5~6万人の方がいらっしゃいます。学校の校外学習や修学旅行などの団体での訪問も多く、年間400組ほどの団体利用があります。体験型の展示も多くあるので、楽しみながら科学のおもしろさに触れていただける場になっているのではと感じています。
 
夏休みの時期には、自由研究の相談をいただくことも多くあります。事前に電話などで予約の上で、大人顔負けの専門的な研究テーマの相談をいただくこともあります。驚きながらも、うれしく思いながらアドバイスさせていただいております。他にも「こんな空の写真を撮ったのですが、何の現象なのでしょうか?」などのお問い合わせを県外からメールでいただくこともよくあります。

建物の既存の設備を生かしながら展示を行う

広島市江波山気象館には、建物自体を見学することを目的に訪れる方もいます。建物を残しながら、既存の設備を生かしながら展示を行うことも大切な取り組みのひとつです。

実は、広島市江波山気象館は、一般的な博物館と比べて「解説パネル」が少ない、という特徴があります。これは、建物の壁が少ないという構造的な事情と、建物の壁面を痛めることがないようにパネルを貼る場所を限定している、という理由があります。その分、文字で解説を読むのではなく「体験」して学んでいただけるプログラムが多くなっています。

同じことが二度と起こらない自然現象を欠測してはいけない

広島市江波山気象館の建物は、もともとは広島地方気象台でした。昭和20年に原爆被害を受け、また同年9月には枕崎台風にも見舞われましたが、このときも気象台の職員は気象観測を続けました。当時の様子を描いた柳田邦男のノンフィクション小説「空白の天気図」には、当時の中央気象台長、岡田武松氏のこんな言葉が出てきます。

観測精神は、軍人精神とは違う。観測精神とは、あくまでも科学者の精神である。
自然現象は二度と繰り返されない。観測とは、自然現象を正確に記録することである。
同じことが二度と起こらない自然現象を欠測してはいけない。それはデータの価値が激減するからである。
まして記録をごまかしたり、好い加減な記録をとったりすることは、科学者として失格である。

未曾有の被害を受けながらも、命を懸けて観測を続けた気象台職員たちが残した記録は、展示室にある資料からも知ることができます。

観測を途絶えさせない、という点では、広島市江波山気象館で行っている観測や予報では、平成4年の開館以降、日本気象協会にバックアップを続けてもらっています。広島市江波山気象館の展示物は、気象に関わる皆さんに興味を持っていただけるものも多いと思うので、お近くにお越しの際にはぜひお立ち寄りいただけたらうれしいです。

江波山のナゾ…ミステリアスな「レリーフ」

最後に、広島市江波山気象館のナゾをひとつ…建物入り口を入ってすぐ右の柱の上部にレリーフ(彫刻の飾り)があるのですが、これは設計図面にも書かれておらず、詳細が分からないものなんです。もし建築に詳しく、何かヒントをご存知の方がいましたら、情報をお寄せいただけるとありがたいです。


田口さん、脇阪さん、貴重なお話をありがとうございました!
今後も気象や日本気象協会の仕事にまつわるさまざまなエピソードをお届けしていきます。社内の皆さんからは、こんな企画を読んでみたい!というリクエストもお待ちしています。日本気象協会 公式note「Harmonability style」をどうぞお楽しみに!

* 記載内容(役職、数値、固有名詞等)はすべて取材時の情報です

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